超学歴社会を生き残る中国人エリート層の新たな日本留学戦略
2019年6月に行われた中国のセンター試験、いわゆる「高考」の受験者数は1,000万人を超えた。2020年1月の日本のセンター試験の受験者数は55万人と比較してその規模感たるや気が遠くなるほどだ。
「高考」は中国人にとって乗り越えなければならない大きな試練であるが、経済だけでなく教育においても国際化が進む今、海外の大学進学を目指し、「高考」を受験せずに立派な学歴を作る”迂回ルート”も生まれてきている。
本記事は、留学先として日本を選択する中国人エリート層が、日本留学を成功させるために「いつ」進学先を検討し「どのようなルートで」来日しているかを明らかにすることで、日本の教育機関と中国人留学生との距離を縮めるヒントにしたいと考えている。
受験者数1,000万人を超える高考とは何か?
中国では、かつて国の登用する試験「科挙」が1,300年にもわたり持続していたことから、今でも学力によって人物を登用する制度が中国には残っている。学歴の有無による職業選択の幅や社会的地位、給与の格差は日本の比ではない。
中国の高考と日本のセンター試験との一番の違いは、中国では高考の成績だけで入学できる大学が決まり、それ以外の試験が存在しないことだ。各大学の試験や2次募集など挽回するチャンスがある日本の大学入試制度は大きな違いである。1回切りの大勝負が中国人の学生や両親に大きな肉体的、精神的なプレッシャーをもたらしている。
試験は毎年、6月7日から8日にかけて行われる2日間にわたって行われ、10代にして今後の人生を左右するターニングポイントを迎えることになる。
日本 | 中国 | |
---|---|---|
大学数 | 786校 | 2,866校 |
大学入学試験 | センター試験 | 高考 |
受験者数 | 55万7,698人※1 | 1,031万人※2 |
一般入試(私大) | 学部試験 | なし |
一般入試(国公立) | 学部試験 | なし |
※1 2020年1月時点 ※2 2019年6月時点
日本 | 中国 | |
---|---|---|
国公立大学 | 179校 | 2131校 |
私立大学 | 607校 | 755校 |
合計 | 786校 ※3 | 2,886校 ※4 |
※3 令和元年度学校調査 ※4 令和元年度学校調査2019年全国大学一覧(中国教育部)
そのため、中国の高校生は優秀な大学に入学するために3年間、猛勉強をすることになるが、国内の受験競争が激化するあまり、「高考」の受験を回避し、海外留学に必要な試験対策を行う新たな選択肢も生まれて来ている。
中国教育部によると、2018年度の中国の海外留学人数は66万2,100人に達し、世界最大の留学生供給国となった。日本へ渡日する中国人留学生は毎年、10万人を越している。
かつて中国では、国内の大学卒業後に大学院から海外へ留学するのが一般的だったが(外国人として初めて会社を上場させたソフトブレーン株式会社の宋文洲氏は北海道大学大学院卒である)、近年では大学からの海外留学が一般的になって来ている。
中国の教育制度と入学時期は?
中国の教育制度は、小学校6年間、中学校3年間、高校3年間、大学4年間で構成され日本と同じシステムである。ただし、大学院は3年制で、日本やアメリカの2年制よりも1年長い。小学生、中学生の9年間が義務教育として指定され、学費は、すべて無料と規定されている(私立学校を除く)。
上の表を解説しよう。
最初の分岐点は高校進学時に訪れる。日本の工業高校に相当する「中等専業学校」、通称「中専」へ進学するのか(表の右側)、大学進学を見据えた一般高校へ進学するのか(表の左側)に分かれることになる。
職業高校ルートを選ぶ
①中学校⇒中等専業学校(≒工業高校)
中等専業学校へ進学する場合、製造業・技術業・旅行業・看護学科などの専門分野を選び、3年間通うと学位は「中専」となる。
②中学校⇒中等専業学校(≒工業高校)⇒専科大学(≒専門学校)
「中専」の学位を手に入れた学生は、日本の専門学校に相当する「専科大学」、通称「大専」へ進学する。
③中学校⇒中等専業学校(≒工業高校)⇒本科大学
「中専」から一部の専門教育を提供している大学へ進学することも可能で、その場合の学歴は、「中専」から「学士」の学位を取ることができる。
大学進学ルートを選ぶ
①中学校⇒高校⇒本科大学または海外留学
高考を受験し、大学入学する。ここで海外の大学へ留学する学生も昨今、増加中だ。
②中学校⇒高校⇒本科大学⇒大学院または海外留学
中国では大学卒業後に就職ではなく大学院進学を目指す傾向にある。中国国内の大学を卒業後、海外の大学院へ留学する学生が多い。また、「高考」で高得点を取得できず、国内の志望先に進学できなかった学生が「大学院統一試験」でリベンジして最終学歴の上書きを狙う方もいる。
中国の進路と最終学歴の呼び方
最終学歴 | 進路 |
中専 | 中学校⇒中等専業学校(≒工業高校) |
大専 | 中学校⇒中等専業学校(≒工業高校)⇒専科大学(≒専門学校) |
学士 | 中学校⇒中等専業学校(≒工業高校)⇒本科大学 |
学士 | 中学校⇒高校⇒本科大学 |
修士 | 中学校⇒高校⇒本科大学⇒大学院 |
中国人留学生はいつ留学を考え始めるのか?
中国人留学生が人生のどのステージで留学を検討し、準備を始めたのかをシミュレーションすることで留学という大きな買い物をする消費者のマインドセットの学習につなげたい。
1.中学進学するとき
このケースはかなり稀であるが、中高一貫の名門・東北育才学院のように東大、京大、早慶へ多数輩出しているような名門校に入学している学生は、同学院への入学試験合格のため、小学生の頃から準備をしていることになるし、それだけ有利だ。
2. 高校進学するとき
高校進学後、高考一本で3年間勉強するのか、英語圏留学に必要なTOEFLなどの英語試験対策で点数をかせぐか、日本なら日本留学試験(EJU)の準備をするのか、方針が決まっていると高校時代を戦略的に過ごす事ができる
3. 高校在学中に
当初は中国国内での進学を考えていたが、途中で留学志向へ方針を変更する場合
4. 大学受験に失敗し志望校入れなかったとき
高考を受験し、思うような結果が出せなかったとき、妥協して国内進学するなら海外の大学へ留学してリベンジをする
5. 大学在学中に
中国では大学院進学が一般的だと前述したが、海外の大学院留学を検討する。
まず、留学するのか国内進学をするのかを決め、留学する場合は行き先をあとで決める傾向がある。国内進学予定だった学生も高考の結果次第で進路変更する場合もある。
では日本へ留学を検討する中国人学生は、どのような経路を辿るのだろうか?
中国人の日本留学ルート5選
これまでは中国国内での進学経路を説明したが、日本へ留学する場合には主に5つのルートがあり、それぞれメリット・デメリットがある。本記事ではメジャーな3ルートと比較的新しい2ルートを加えた。
- 日本語学校 入学ルート
- 留学生別科 入学ルート
- 留学生枠 直接受験ルート
- 現地選抜型 受験ルート
- 欧米式 受験ルート
1.日本語学校 入学ルート
日本留学の定番と言われる1つ目のルートである。
「来日して日本語学校⇒日本留学試験⇒各大学受験→進学」
「来日して日本語学校⇒日本留学試験⇒各大学院受験→進学」
メリット
- 日本語学習に十分な時間が取れる
- 日本の生活に慣れることが出来る
- 大学受験の対策ができる
デメリット
- 日本語学校にかかる費用の負担
- 一般の大学生より1〜2年遅れた入学になる
2.留学生別科 入学ルート
「来日して留学生別科(大学付属日本語学科)⇒日本留学試験⇒各大学受験→進学」
「来日して留学生別科(大学付属日本語学科)⇒日本留学試験⇒各大学院受験→進学」
メリット
- 志望大学の対策がしやすい
- 勉強する環境が整っている
デメリット
- 日本語学科にかかる費用の負担
- 一般の大学生より1〜2年入学が遅れる
日本語学校での流れとは少し似ているこのルートに関しては、近年では偏差値の高い大学への進学を目指す学生に選ばれることが多い。留学生別科とは、一部の大学が設置した外国人のための日本語学科とのことで、志望大学の日本語学科へ進学をし、そこで日本語と日本留学試験(EJU)対策を行い、受験に望むケースが増えている。
そのメリットとしては、志望大学の受験対策をしやすい点、教授からも大学に関する情報を入手しやすい点が挙げられる。また、日本語学校とは違い、別科で学んでいる学生は、同大学の進学という共通の目的を持って勉強しているため、勉強する環境や雰囲気が良いのも大きなメリットの一つだ。
3.留学生枠・直接受験ルート
「中国の高校⇒日本留学試験⇒大学受験→進学」
メリット
- 一般の高校生と同じタイミングで大学入学が可能に
- 日本語学校、留学生別科の学費負担なし
デメリット
- 中国にいる時から日本語力の向上が不可欠
- 早期からの準備と対策が必要
- 日本滞在のビザの取得
日本語学校、留学生別科を経由せずに日本の大学へ進学する学生もいる。ここのルートは中国語では「直考」、日本語だと「直接受験」と言うことができる。中国にいる時から既に大学受験できるレベルの日本語力と学力を持っている学生ならば、日本語学校での2年間を語学学習に費やすことなく、日本にいる一般の高校生のように直接大学へ進学することが出来る。
しかし、このルートを選ぶには少なくとも以下の二つの条件を満たさなければ、難しい。
①日本での滞在許可(ビザ)があること
日本のパスポートは海外渡航をする際に不便を感じることはまずないが、中国の方が日本に滞在するにはしかるべきビザ、あるいは権利を保有をしていることが必要だ。日本での日本留学試験(EJU)の受験や一般入試を受験するために、何度か来日する必要がある。
②大学受験レベルの日本語力と学力が備わっていること
入学後は全て日本語で講義を受講することになるため、高い日本語力と志望大学を通過できる学力があることが大前提だ
もうこの2つの条件が備わっているならば、直接入学ルートで来日することで、日本語学校に授業料の負担はなくなり、大学入学が2年間遅れることもなくなる。
中国の高校は6月に卒業を迎えるため、日本の大学入学まで翌月の4月まで待たなければいけないケースが多かったが、最近では9月入学が可能な大学も増えたため、直接受験を狙う中国人留学生にとっては最適で、最短ルートになる。
4.現地選抜型受験ルート
「海外で日本大学連合学力試験⇒海外で日本語教育⇒大学入学」
メリット
- 中国語・英語での受験が可能
- 留学前に来日不要
デメリット
- 進学先の大学が限られている
- 開催地は主に上海、香港、台湾、マレーシア
2013年に開始された一般財団法人日中亜細亜教育医療文化交流機構による試験である。大きな特徴として、母国語(中国語)でも受験ができ日本の大学へ進学できる新しいルートである。まだ歴史が浅く、提携大学も少ないことから留学生向けの認知度は課題だが、直接留学の新たな道となるのか注目されたい。
5.欧米式受験ルート
「英語コースが設置されている大学を受験→入学」
メリット
- 英語で受験が可能
- TOEFL等を使えるため何度でも受験が可能
- 一般の高校生と同じタイミングで大学入学が可能に
デメリット
- 倍率が高いため門戸が狭い
文部科学省は、日本の大学の国際競争力を高めるため2014年にスーパーグローバル大学構想を打ち出した。通称「SGU(Super Global University)」や「G30(グローバル30、2013年に終了)」と呼ばれる、海外留学生が英語で受験し、大学入学後も英語で勉強するという英語プログラムを指し、全国の大学から30校程度選抜された。
受験方法は、アメリカの大学受験と同様にTOEFL・SAT・ACT・GRE等の成績が必要だ。文系一般入試の場合、かなり高い日本語力が必要とされるのに対し、本ルートでは日本語力は必要ないため、理系の学生はこちらのルートを希望する学生が多い。そのため、日本で留学したにも関わらず日本語がわからない、という留学生も存在する。
SGUは募集人数が少なく、最難関のルートと言える。一般的には、一学部で数十名~数百名の学生を受け入れる留学生試験とは異なり、SGUは各学部数名~十数名しか募集していない。そのため、倍率が高騰している。
まとめ
- 中国人エリートが偏差値の高い大学に入るためには高考を正面突破するか、海外の有名大学に入学するか大きく2つの道がある。
- 中国と日本の教育システムで異なるのは、9月スタート、義務教育が無料、大学院が3年で進学が一般的である3点である。
- 海外の大学へ留学をするには、国内進学と試験が異なるため、対策が出来る進学先を前もって選ぶ必要がある。
- 日本留学には来日して日本語を学んでから大学へ進学するパターンと中国から直接日本の大学に入学するパターンの大きく2つに分かれる。
- 偏差値の高い大学は日本留学試験の受験が必須であるが、昨今は米国の出願システムにならい、TOEFL等のスコアが入学試験に使うことができ、日本語を介さずに入学できる大学も少数ではあるが増えて来ている。
こちらの記事もどうぞ